大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)92号 判決 1990年7月19日

埼玉県与野市下落合七丁目一番三号

上告人

埼玉機器株式会社

右代表者代表取締役

三輪陽一

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

古澤浩二郎

同弁理士

増井忠弐

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第一三〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年五月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同鈴木修、同古澤浩二郎、同増井忠弐の上告理由について所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

(平成元年(行ツ)第九二号 上告人 埼玉機器株式会社)

上告代理人大場正成、同鈴木修、同古澤浩二郎、同増井忠弐の上告理由

第一 上告理由一 実用新案法第三条二項の解釈の誤り

一 実用新案法第三条二項はいわゆる考案の推考容易性(進歩性)を規定したものであるが、原判決は推考容易性の判断に関し、「第一引用例が本願考案の構成の推考容易性の判断資料として引用されているものであることは審決の理由自体に照らして明らかであるところ、右判断は、本出願時を基準として、当業者が、同引用例の記載から本願考案の構成を容易に推考し得たか否かの観点からなされるべきものであることはいうまでもない。そして、そうであれば、右判断自体に本出願時点での当業者の技術常識が参酌されるべきであるのは勿論、同引用例の記載内容の把握も、本出願時において、その記載から当業者が理解されるところに従ってなされるべきであるが、その把握に当たって、例えば、そこに記載されている用語の意味内容、特定部材の構造等が時の流れとともに変わることもあり得るところであるから、同引用例出願当時の技術水準あるいは、技術常識というものを全く無視し去ることはできない。」と判示する

(第二九丁裏七行目から第三〇丁表一〇行目)。

しかしながら、第一引用例の記載内容の把握は同引用例出願当時の技術水準や技術常識を基準としてなされるべきであり、原判決のいうように本願考案出願時の当業者の技術水準や技術常識を基準とすべきではない。原判決は考案の推考容易性の判断の前提とその過程において右のような引用例の記載内容を把握するために採るべき技術水準・技術常識の基準時を誤ったものであり、これは実用新案法第三条二項の解釈の誤りに帰着する。

二 第一引用例が一九六五年(昭和四〇年)当時の発明に関するものであることは、甲第五号証(第一引用例)の記載白体から容易に知りうるところである(第一引用例は優先権主張のある出願であるから、その出願時は優先権主張の日付によって理解されるべきものである。)。そして、ここに記載されている内容がその出願当時の技術水準や技術常識の枠の中にあり、その出願後の技術水準や技術常識の変遷について何の関係もないこともまた自明の理である。原判決は用語の意味内容、特定部材の構造等が時の流れとともに変わることがあり得ることを認めているが、そのような可能性が存在する以上、第一引用例の記載内容を正確に把握するにはその出願当時の技術水準・技術常識を基準にしなければならない。にもかかわらず原判決が第一引用例の記載内容を本願考案出願当時(昭和五四年)を基準に理解すべきであるというのは、推考容易性の判断の基準時と同引用例の記載内容を把握するための技術水準・技術常識の基準時とを混同するものと言わざるを得ない。

本願考案出願時に第一引用例に接した当業者が同引用例から本願考案を容易に推考しえたか否かは、まず、当業者が第一引用例の記載内容をいかに把握するかが問題となり、次に本願考案出願時に当業者が備えている技術水準・技術常識と第一引用例とを当該当業者が総合考慮して右の推考容易性の有無が判断されるものなのである。

推考容易性の判断が本願考案出願時の当業者の技術水準・技術常識を基準になされるべきことは明らかであるが、本願考案出願時の当業者が第一引用例の記載内容を把握する際に依拠すべき技術水準・技術常識は第一引用例出願当時のそれでなければならず、さもなければその記載内容を誤って理解するおそれがある。言い換えれば、第一引用例に記載されているものは第一引用例出願時からある特定の部材であることに決まっているのであるから、時の流れとともにその記載内容が変わるということはありえないのである(もし、当初意図したものと別のものが記載されていると理解されるならばそのような理解は誤っていると言わざるをえない。)。そして、本件において第一引用例のように今から二四年も前の文献の記載内容を裁判所が正しく把握しなければならないときは、その間の技術水準や技術常識の変遷が第一引用例の記載内容の理解を誤まらせることがないようにするためには、裁判所は第一引用例出願当時の技術準等を基準にしなければならないのである。

三 原判決は「例えば、そこに記載されている用語の意味内容、特定部材の構造等が時の流れとともに変わることもあり得るところであるから、同引用例出願当時の技術水準あるいは、技術常識というものを全く無視し去ることはできない。」と付け加えているので、実質的には上告人の主張と同じ趣旨のことを述べているようであるが、原判決のように本願考案出願時の技術水準・技術常識を原則として、例外的に第一引用例出願当時のそれをも考慮するという考え方は、第一引用例出願当時の技術水準・技術常識を原則として理解すべきであるという考え方とは全く結論を異にするのである。それは具体的には第一引用例出願後本願考案出願時までの間に新たに得られた技術水準等に依拠して第一引用例の記載内容を把握してはならないという命題が後者の考え方からは導かれるのに対し、これを許すのが後者の考え方の理論的帰結である。第一引用例出願時を基準とすれば、第一引用例出願後本願考案出願時までの間に新たに得られた技術水準等はもっぱら推考容易性を判断する際の資料として考慮されるべきものであって、第一引用例の記載内容を把握するためにこれを利用してはならないのである。

ところが、原判決は、甲第三号証の記載及び甲第一〇号証の二

(これは「乙」第一〇号証の二の誤記と思われる)、乙第七号証の一、二の記載のほか中実の軸頸と鋼管(中空金属パイプ)を結合する際これをねじ込み結合の手段によることは古くから採用されている慣用手段であることを根拠に、「同引用例出願前から本出願に至るまで、ボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクも当業者間に周知であったことが認められる。したがって、仮に、原告主張のように、タイロッドが右のねじ込み結合の構成を採ることが周知であったとしても、同引用例に記載されたものがタイロッドであってドラッグリンクでないと判断することはできない。」と判示し、ねじ込み結合はタイロッドとドラッグリンクに共通する要素であるから、両者を識別する際の判断要素にならないとしている(第三二丁表一行目から第三三丁表一行目まで)。

右の判断根拠とされた書証の作成年月日を整理すると左記のとおりである。

(a)甲第三号証は昭和五四年八月九日付出願書(甲第二号証)の手続補正書であるから、その内容は昭和五四年八月九日を基準に理解すべきであること。

(b)乙第一〇号証の二は、昭和五四年三月三〇日付出願書であるから、その内容は昭和五四年三月三〇日を基準に理解すべきであること。

(c)乙第七号証の一、二は、昭和五一年一〇月六日付出願書に関するものであるから、その内容は昭和五一年一〇月六日を基準に理解すべきものである。

原判決は第一引用例出願当時の技術水準としてボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクが存在したか否かという点につき、これを肯定的に理解し、そのような理解を前提に第一引用例の記載内容を把握しているのであるが、右の(a)ないし(c)のように昭和五一年以降の資料をもとに昭和四〇年当時の第一引用例の記載内容を理解することは、原判決のように本願考案出願時の技術水準等を基準として第一引用例の記載内容を把握しようとする考え方を前提にしているからこそ許されるのである。しかし、このような考え方が許されるべきではないことは既に述べたとおりであり、また、原判決は第一引用例出願当時の技術水準等を無視することはできないと言いながら、前記の書証の整理の結果から明らかなように第一引用例出願当時の技術水準に関する資料を全く考慮していないのであるから、それ自体原判決には審理不尽、理由齟齬の違法があると言わざるをえない。

さらに、原判決は結論部分において「第一引用例出願時の技術常識をも参酌して」と述べているが(第三三丁表三行目)、「かじ取引棒」という名称についての判断以外の、ドラッグリンクとタイロッドの構造上の相違点についての判断の際には、原判決は第一引用例出願時の技術常識を証拠上何ら参酌していないのであるから、原判決には審理不尽、理由齟齬の違法がある。

なお、原判決は(a)ないし(c)に記載の書証のほかに、「中実の軸頸と鋼管(中空金属パイプ)を結合する際これをねじ込み結合の手段の手段によることは古くから採用されている慣用手段である」という事実を公知の事実として判断根拠の一つとして挙げている。

しかしながら、一般論として中実の軸頸と鋼管とをねじ込み結合することが古くからの慣用手段であることは上告人も争わないところであるが、はたしてこれがドラッグリンクという自動車の操向用部材に古くから(少なくとも第一引用例出願時前から)採用されていた結合手段であるとは到底認められないのである。言い換えれば、中実の軸頸と鋼管とをねじ込み結合する手段が第一引用例出願前からドラッグリンクに採用されていたか否かが当事者間の主要な争点の一つであるにもかかわらず、原判決は「ドラッグリンク」という特定の部材に採用されているか否かを捨象した一般論として、中実の軸頸と鋼管のねじ込み結合方法が古くから存在することを根拠に、第一引用例出願当時かかるねじ込み結合がドラッグリンクにも採用されていたという事実を認定したのである。

ゆえに、原判決は第一引用例出願当時の当業者の技術水準等を参酌したことにはならないのである。

四 結論

原判決は第一引用例の記載内容を把握する際に本願考案出願時の当業者の技術水準等を基準とすべきであるというが、これは同引用例の記載内容を把握するための技術水準等の基準時と推考容易性を判断するための技術水準等の基準時とを混同するものであり、推考容易性について規定した実用新案法三条二項の解釈を誤った違法があり、これは原判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反である。その結果、原判決は第一引用例出願当時の技術水準等について何ら審理検討することなく第一引用例の記載内容を判断した(結果的には、タイロッドと解すべきところをドラッグリンクと判定した事実誤認を犯している)審理不尽、理由齟齬の違法がある。

第二 上告理由二 採証法則違背・経験則違背

一 上告理由二の概要

前述のとおり実用新案法三条二項はいわゆる「考案の推考容易性(進歩性)」を規定したものであり、本件審決が右の進歩性を否定し上告人の本願考案の出願を拒絶したことは甲第三号証の記載(特にその結論部分)から明らかであり、原判決は右審決の判断をすべて肯定し、その結論をそのまま維持したものである。

出願人の出願したある特定の考案に進歩性があるか否かは左記のような論理構成で審理し判断するのが実務である。すなわち、

<1>出願された特定の考案の内容の把握

<2>実用新案法三条一項の一号から三号に掲げる公知または公用の考案及び周知技術(これらを合わせて「公知考案等」という。)の存在とその内容の把握

<3>公知考案等と出願された特定の考案との間に相違点(x、y、z…)が認められること

<4>右相違点の評価として、「その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(「当業者」という。)は公知考案等に基づいてきわめて容易に出願された特定の考案を導き出すことができたと評価されること

の四段階構成であり、本件審決もこの例にならっている。そして、右の<4>の「きわめて容易である」というのは、規範的評価の問題であり、<1>ないし<3>の問題は右の規範的評価の前提問題である。

上告人は以下述べるとおり、原判決中の公知考案等(具体的には甲第五号証に記載された第一引用例)に対する原判決の判断を争うものであるが、原判決中の右<2>部分に相当する第一引用例の記載内容についての認定は採証法則違反を含む経験則違反に基づくものであり、原判決は進歩性判断の前提である<2>の点についてこのような誤りを犯したのであるから、原判決の経験則違反は原判決の進歩性の当否に対する判断に直接に影響し、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背」(民事訴訟法三九四条)に該当するものである。

二 原審における争点とこれに対する原審の判断

1 原審における争点

本件審決は第一引用例にはドラッグリンクが記載されていると判定し、以下この判断を前提にして進歩性の判断をしているものである(甲第一号証参照)。これに対し上告人は第一引用例に記載されている部材の構造上の特徴を根拠に第一引用例にはタイロツドが記載されていると主張して、本件審決の進歩性に対する判断を争ったものの、原判決は後述のような判断に基づき、本件審決の判断を正しいものとして(つまり、第一引用例にはドラッグリンクが記載されているとの認定をして、)本願考案の進歩性を否定した本件審決をそのまま維持したものである。

第一引用例にドラッグリンクが記載されているかタイロッドが記載されているかが原審における主要な争点の一つであり、これは本願考案の進歩性判断の前提であり、本件審決及びこれを維持した原判決の進歩性の判断の適否を直ちに左右する重大な問題なのである。

2 原判決が第一引用例にはタイロッドではなくて、ドラッグリンクが記載されていると認定した理由

原判決はその理由中の第二項(取消事由に対する判断)の1

(取消事由(1)について)において(第二八丁裏八行目から三五丁表二行目まで)、原判決にはドラッグリンクが記載されているとの認定の理由を詳細に述べているが、その理論構成は次のとおりである。

(1) 原判決が依拠したタイロッドかドラッグリンクかの識別点の第一点は、名称に基づく判断である。

第一引用例の名称が「動力車両用の鋼管かじ取引棒」と明記されていること及び乙第一ないし第五号証によれば、「かじ取引棒」または「引棒」という用語がドラッグリンクを意味する言葉であることから「第一引用例は少なくともその記載の文言上は、自動車の「ステアリング用ドラッグリンク」についての発明と認めざるを得ないのである。」と原判決は判断している(第三〇丁表末行から三一丁表六行目)。

(2) 次に、原判決はドラッグリンクとタイロッドの構造上の相違点について判断をしている。

(一) 両者の構造上の相違点については、上告人が、「第一引用例出願当時の技術常識によれば、タイロッドとドラッグリンク(ボールジョイント付きドラッグリンク)の構造上の差異は、<1>ドラッグリンクが衝撃緩衝用のコイルばねを内包するのに対し、タイロッドはそうでない点、<2>タイロッドはトーイン調整のためボールジョイントを鋼管にねじ込み結合する構成をとるのに対し、ドラッグリンクはそうでない点にあるとされていたところ、第一引用例記載のものは、<1>についてはコイルばねを内包しておらず、<2>についてはねじ込み結合とされていることが認められるから、これが、ドラッグリンクではなくタイロッドであることは明らかである旨主張」したことに対する原審の判断という形で判示されている(第二九丁表六行目から同丁裏六行目と第三丁表七行目から三三丁表一行目)。

(二) まず、第一の構造上の相違点であるコイルばねを内包しているか否かの点については、原審は甲第一二号証、乙第六、第一一号証を根拠に、「第一引用例出願当時、原告主張のとおり、路面からの衝繋を緩衝するためのコイルばねを内包する構成のドラッグリンクがあったこと及びトーイン調整のため長さを調節できるようにボールジョイントを鋼管にねじ込み結合する構成のタイロッドがあったことが認められる。」認定している(第三一丁表七行目から同丁裏二行目まで)。ところが、原判決の結論部分は「同引用例の発明がコイルばねと直接関わりのない部分に関するものであると認められるから、コイルばねに関する記載がなくても敢えて異とするに足りないともいえるのであり、仮に、原告主張のように、同引用例出願当時のコイルばねを内包したドラッグリンクが周知であったとしても、同引用例に記載されたものがタイロッドであってドラッグリンクでないと断定することはできない。」との理由にのみ依拠してドラッグリンクとタイロッドの構造上の相違点の一つであるコイルばねの有無についての争点を片付けてしまっているのである(第三一丁裏四行目から同丁末行まで)。

(三) 次に、二番目の両者の構造上の相違点であるねじ込み結合の点については、原判決は、甲第三号証の記載及び甲第一〇号証の二(これは「乙」第一〇号証の二の誤記と思われる)、乙第七号証の一、二の記載のほか「中実の軸頸と鋼管(中空金属パイプ)を結合する際これをねじ込み結合の手段によることは古くから採用されている慣用手段であることを勘案すれば、同引用例出願前から本出願に至るまで、ボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクも当業者間に周知であったことが認められる。したがって、仮に、原告主張のように、タイロッドが右のねじ込み結合の構成を採ることが周知であったとしても、同引用例に記載されたものがタイロッドであってドラッグリンクでないと判断することはできない。」と判示し、ねじ込み結合はタイロッドとドラッグリンクに共通する要素であるから、両者を識別する際の判断要素にならないとしている(第三二丁表一行目から第三三丁表一行目まで)。

(3) 原判決の結論

このように、第一引用例の名称及び二つの構造上の相違点について判断した後、原判決は、結論として、「本出願時において当業者が第一引用例出願時の技術常識をも参酌して同引用例に接した場合に、同引用例をどのように認識するかを検討すると、何よりもまずその記載文言から同引用例には自動車の「ステアリング用ドラッグリンク」の発明が記載されていると理解するものと認められる。また、前記のように同引用例にはコイルばねの記載はなく、他方ボールジョイントを鋼管にねじ込み結合する記載があり、その限りではタイロッド又はドラッグリンクのいずれとも解する余地があるとしても(同引用例記載の発明がタイロッド又はドラッグリンクのいずれかに関するものであることは当事者に争いがないことは前記のとおりである。)、同引用例の記載文言の意味するところが前記のとおりである以上、当業者は、同引用例記載の発明は「ドラッグリンク」に関する発明であると認識するものということができる。」と判示しているのである(第三三丁表二行目から同丁裏六行目まで)。

右結論部分の記載から明らかなように原判決が第一引用例にはドラッグリンクが記載されているという結論を導いた決定的な理由は、「かじ取引棒」という文言の一般的な意味であり、コイルばねに関する記載がないという両者の構造上の違いの第一点は前述のとおりほとんど考慮されておらず、その第二点であるねじ込み結合の有無についても両者の識別根拠にならないものと原判決は考えているのである。すなわち、原判決は第一引用例の「かじ取引棒」という名称をほとんど唯一の根拠としてこれがドラッグリンクに関するものであるとの結論を導いているのである。

三 原判決理由中の経験則違背

1 原判決の認定の誤りは以下に述べる通りであるが、いずれも経験則違背に基づくものであり、これによつて原判決は「第一引用例にはドラッグリンクが記載されている」という事実誤認を犯しているのであるから以下指摘する経験則違背が判決に影響を及ぼすものであることは既に述べたとおりである。

2 甲第五号証の理解における経験則違背

(1) 原判決は、

「成立に争いのない甲第一二号証、乙第六、第一一号証によれば、第一引用例出願当時、原告主張のとおり、路面からの衝撃緩衝するためのコイルばねを内包する構成のドラッグリンクがあったこと及びトーイン調整のため長さを調節できるようにポールジョイントを鋼管にねじ込み結合する構成のタイロッドがあったことが認められる。

たしかに、前掲甲第五号証によれば、同引用例にはコイルばねに関する記載はないが、同引用例の発明がコイルばねと直接関わりのない部分に関するものであると認められるから、コイルばねに関する記載がなくても敢えて異とするに足りないともいえるのであり、仮に、原告主張のように、同引用例出願当時のコイルばねを内包したドラッグリンクが周知であったとしても、同引用例に記載されたものがタイロッドであってドラッグリンクでないと断定することはできない。」

と判示するが、その言わんとするところは結局第一引用例の部材はコイルばねを有するものであるが、同引用例の発明とは直接関係のない部分であるゆえ、コイルばねの記載を省略したものと理解することができるということである。

(2)しかしながら、甲第五号証の記載、特にその図面から原判決のように第一引用例に開示された部材は本来コイルばねを有しているが、このコイルばねの記載がたまたま省略されているに過ぎないと理解することは不可能である。第五号証を正しく理解すれば同号証の図面にはコイルばねを有しない部材が記載されていると理解するほかはないのである。なぜなら、ここでその存在の有無が問題となっているドラッグリンクのコイルばねとは、甲第一二号証三枚目の図二-二〇にわかりやすく図示してあるボールジョイントの横方向に内包されているコイルばねのことである(コイルばねを内包する必要性については同号証の説明参照)。ボールジョイントの横方向にコイルばねを内包している構造では、コイルばねの挿入スペースを設けるためドラッグリンクの端部は他の部分より太くならざるをえないのである(甲第九号証三枚目の一二・三図、同四枚目の一二・九図参照)。従って、甲第五号証の第一引用例のボールジョイント部の軸頸の太さからみて、ここにコイルばねが内包されているとは到底考えられない。たとえば、乙第二号証(昭和四四年の文献)中のかじ取引棒(ドラッグリンク)の図、乙第三号証(昭和四二年の文献)のかじ取引棒の図、乙第六号証(昭和四〇年の文献)中の第四六図b「ドラッグリンク」の図(同aの「ドラッグリンク」の図がドラッグリンクの説明図として正しくないことは、上告人の昭和六三年五月二四日付準備書面(三)の六頁の「2 乙第六号証について」の項を参照されたい。)など、第一引用例出願時に近い時期に発行された文献を見ると、いずれもコイルばねを横方向に内包するため鋼管部よりも太くなっているボールジョイントを含む両端部をもったドラッグリンクが開示されているのであるから、第一引用例出願当時の技術水準等によれば、コイルばねを内包するドラッグリンクの両端部は中央部分より太くなっているという構造上の特徴が認められるのである。

(3)ゆえに、原判決のように第一引用例には、本来有しているコイルばねの記載が省略されていると解釈する余地はないのである。にもかかわらず、第一引用例にはコイルばねの記載が省略されていると判断した原判決には明らかな経験則違背がある。

3 ねじ込み結合についての判断の誤り

(1)原判決が、第一引用例のねじ込み結合はタイロッドとドラッグリンクに共通の要素であり、両者の判断要素にはならないと判断した根拠は、甲第三号証の記載及び甲第一〇号証の二(甲第一〇号証の二は存在しないので、乙第一〇号証の二の明白な誤記と考え、以下、乙第一〇号証の二と表示する)、乙第七号証の一、二の記載のほか「中実の軸頸と鋼管(中空金属パイプ)を結合する際これをねじ込み結合の手段によることは古くから採用されている慣用手段であること」に求められる。これらの証拠を前提に、原判決は「第一引用例出願前から本出願に至るまで、ボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクも当業者間に周知であったことが認められる」と判断しているのである。

(2)しかしながら、原判決の摘示した証拠から第一引用例出願前から本出願に至るまで、ボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクが当業者間に周知であったとは到底認められないものであり、この点が上告人の指摘する原判決理由中の判断の誤りと経験則違背の第二点である。

<1> まず、第一引用例の出願時は一九六五(昭和四〇)年三月三一日である(優先権主張があるので、海外の出願日が日本でも出願日とみなされる。)。

<2> 次に、原判決の引用した書証の日付は左記のとおりである。

(a)甲第三号証は昭和五四年八月九日付出願書(甲第二号証)の手続補正書であるから、その内容は昭和五四年八月九日を基準に理解すべきであること、

(b)乙第一〇号証の二は、昭和五四年三月三〇日付出願書であるから、その内容は昭和五四年三月三〇日を基準に理解すべきであること、

(c)乙第七号証の一、二は、昭和五一年一〇月六日付出願書に関するものであるから、その内容は昭和五一年一〇月六日を基準に理解すべきものである。

右の事実から指摘することのできる原判決の誤りは、第一引用例の出願時から約一一年半から一四年五か月後に作成された書証を根拠に、「第一引用例出願前から、ボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクが当業者間に周知であった」と認定している点である。

確かに、原判決の指摘した(a)ないし(c)に記載してある書証は、ボールジョイントと鋼管をねじ込み結合するという構成そのものを対象としたドラッグリンクに関する考案ではないから、各々の作成年月日よりいくらかは以前にさかのぼって、そこに記載された内容の事実の存否を判断することは経験則に違反するものとは言えない。しかしながら、本件のように一〇有余年以上も後の書証を根拠に「第一引用例出願前からボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクが当業者間に周知であった」と認定することは、採証法則に違反し、合理的な許される推認の範囲を逸脱した経験則に違反するものである。

第一引用例が一九六五年(昭和四〇年)当時の発明に関するものであることは甲第五号証の記載自体から容易に知り得るところである。そして、ここに記載されている内容がその出願当時の技術水準や技術常識の枠の中にあることもまた自明の理である。

ところが、原判決は、(a)ないし(c)に指摘したとおり、第一引用例出願後一〇年以上も後に作成された書証を根拠に第一引用例の記載内容を把握しようとしているのであるから、これは第一引用例出願当時の技術水準・技術常識を全く無視して、第一引用例の記載内容を理解しようとするものであり、審理不尽、理由不備及び理由齟齬の違法が認められる。

なお、原判決の判断は甲第三号証中の記載を根拠にしているので甲第三号証の記載の意味について補足的に説明する。甲第三号証から原判決の引用する記載部分はいずれも「従来のドラッグリンク」についての説明である。ここで上告人が「従来の」と説明しているのは、本願考案出願前のドラッグリンクについて説明しているのであるが、それが、本願考案出願の一四年も前の第一引用例出願当時のドラッグリンクについてまで言及していると解するのは、甲第三号証の記載内容を曲解していると言わざるをえない。甲第三号証を根拠に第一引用例出願当時の技術水準として、ドラッグリンクにねじ込み結合が採用されていたと解することは、前述のとおり合理的な許された範囲の推認の枠を超えるものであって、経験則に違背するものである。

(3)原判決は(a)ないし(c)に記載された書証のほかに、

「中実の軸頸と鋼管(中空金属パイプ)を結合する際これをねじ込み結合の手段の手段によることは古くから採用されている慣用手段である」という事実を公知の事実として判断根拠の一つとして挙げている。

しかしながら、一般論として中実の軸頸と鋼管とをねじ込み結合することが古くからの慣用的手段であることは上告人も争わないところであるが、これがドラッグリンクという自動車の操向用部材に古くから(少なくとも第一引用例出願時前から)採用されていた結合手段であるとは到底認められないのである。言い換えれば、中実の軸頸と鋼管とをねじ込み結合する手段が第一引用例前からドラッグリンクに採用されていたか否かが当事者間の主要な争点の一つであったにもかかわらず、原判決は「ドラッグリンク」という特定の部材に採用されているか否かを捨象した一般論として、そのような結合方法が古くから存在することを根拠に、第一引用例出願当時ねじ込み結合がドラッグリンクにも採用されていたという認定をしたのである。このような認定は、まず第一に、経験則に違反する(一般論として古くから認められるねじ込み結合がドラッグリンクという特定の部材にまで採用されていたということを根拠づける経験則は存在しないし、これを推認させる証拠もない。)。次に、右のような認定は争いのある事実を証拠によらず判断した違法(弁論主義違反)があると言わざるをえない。

以上述べたとおり、原判決の「第一引用例出願前からボールジョイントと鋼管をねじ込み結合したドラッグリンクが当業者間に周知であった」との認定は、採証法則違反、経験則違反、弁論主義違反に基づくものである。

4 もっぱら文言のみを根拠として第一引用例の記載内容を理解することは経験則に違反し、審理不尽の違法を構成する。

本件の第一引用例のように公知考案等として引用されたある文献の内容を把握する際にその記載文言の意味するところが判断根拠の一つであることは明らかであるが、本件のように進歩性判断の前提として第一引用例の記載内容をいかに把握するのかということが真正面から問題となっている場合には、そこに記載されている内容を当業者はその出願当時の技術知識のレベルで慎重に調査検討したうえで理解し把握することが必要であるから、単なる文言上の意味内容はその記載内容を把握する際には決定的な役割を果たしえないと言うべきである。第一引用例は当業者がその記載内容を正しく理解把握してはじめてその内容を進歩性の前提として利用しうるものなのであり、原判決のようにもっぱら記載文言の意味するところを重要視して、その構造上の特徴等技術的実質的記載内容について十分な判断をしないことは、第一引用例の理解の仕方に根本的な誤り(審理不尽)があると言わざるをえない。

特に、本件では甲第一一号証によって明らかにされているように、第一引用例はそもそもタイロッドに関する西ドイツの発明であったものが日本で出願される際に、「かじ取引棒」というドラッグリンクを意味する日本語が誤って(誤訳によって)与えられてしまったものであるという極めて異例な公知考案等なのである。第一引用例の記載内容をいかに把握すべきであるかという本件訴訟の争点は第一引用例の名称が正しく翻訳されておればおよそ発生しなかった問題なのである。ところが、第一引用例は既に述べたとおりその構造上の特徴は全てタイロッドを意味しているのである(これは、元来タイロッドに関する発明であった以上、当然のことである。)。しかし、その記載文言上は原判決の言うとおりドラッグリンクを意味するのである(誤訳があったと推認される以上、やむを得ないところである。)。

そして、問題は、このような特殊な背景をもつ第一引用例の記載内容の把握をいかになすべきかということであるが、原判決は原判決の文言を最重要視(というよりはむしろもっぱら文言のみを根拠にしている)し、その記載内容を理解している。しかしながら、当業者は単なる記載文言にのみとらわれず、その構造上の特徴等を技術者の立場から理解し、そこから導き出される内容にもとづき第一引用例の記載内容を総合的に理解するのであるから、原判決のように、もっぱら文言のみを根拠とする理解の仕方はそもそも第一引用例の記載内容を理解するやり方としては誤っているのである。

さらに、第一引用例の記載文言とその構造上の特徴が意味するところが齟齬している原因が翻訳の際の誤りにあることが甲第

一一号証及び第七号証によって合理的に推認しうるのであるから、原判決のように記載文言を重要な判断要素と位置づけることはそもそも誤っているのである。誤訳であることが合理的に説明されているにもかかわらず、なお第一引用例の記載文言をその記載内容を判断する際の重要な判断要素と位置づけた原判決の判断は明らかに経験則に違反するものであり、その結果審理不尽、理由齟齬の違法を犯したものである。

四 結論

以上述べたところから明らかなように、当業者が第一引用例に何が記載されているか否かを判断する際には、単にその文言のみを根拠とするものではなく、そこに記載されている内容、特にその構造上の特徴を総合考慮して、記載された対象が何であるかを判断すべきものであり、単なる文言の意味内容にのみとどまらず、その記載内容を全体としてとらえ、そこに何が記載され、開示されているかを判断しなければならないのである。

そして、第一引用例出願当時の技術水準・技術常識によれば第一引用例はタイロッドかドラッグリンクのいずれかが記載されているが、そこにはコイルばねが記載されているとは考えられないことから、ドラッグリンクの構造上の特徴を備えておらず、逆にねじ込み結合というタイロッドにのみ認められる構造上の特徴を備えているのであるから、その文言上の意味内容にかかわらずその物理的構成から明らかにタイロッドであると認定されるべきものなのである。

原判決は、第一引用例に記載された部材の物理的構造の特徴を誤って判断したために、第一引用例の部材の名称のみに基づいて、これがドラッグリンクであると誤って判断したものである。しかし、第一引用例の文言以外の記載内容、特にその構造上の特徴はすべてこれがタイロッドであることを示しているのであり、前述のとおり、進歩性の対比判断のための公知考案等の内容は、単に文言にのみとらわれず、より実質的な対比判断をすべき必要性があるので、文言上の記載の偏重と誤った構造上の特徴についての判断に基づき第一引用例の記載内容を誤って判断した原判決には、経験則・採証法則違背の違法があり、ひいては審理不尽、理由不備の違法がある。

さらには、第一引用例の文言が誤訳に基づくものであると認められるにもかかわらず、これを無視して第一引用例の記載内容をもっぱら文言のみを根拠に理解している原判決には経験則違反、審理不尽の違法がある。

第三 上告理由三 最高裁判所昭和五一年三月一〇日判決違反

一 本件のような審決取消請求訴訟においては、審決に記載された判断が原審における審理の対象である。本件について言い換えれば、原審は争いとなっている本件審決の拒絶理由の当否のみを審理すべきものであり、原審は本件審決の結論を導くために用いられた審決理由以外の理由を取り上げて本件審決の結論を維持することは許されないと言うべきである。最高裁判所昭和五一年三月一〇日大法廷判決(民集三〇巻二号七九頁以下)は、「拒絶査定に対する抗告審判の審決に対する取消訴訟についても、右審決において判断されなかった特定の具体的な拒絶理由は、それを訴訟において主張することができないと解すべきである。」という。右判決は旧特許法についてものであるが、その趣旨は現行法の下でもそのまま妥当するものである。

右判決の趣旨は当事者に右記のような主張制限を課するとともに、裁判所に対しても審決において判断されなかった特定の具体的な拒絶理由について審理し、これに基づいて審決を適法又は違法と判断してはならないという制限を加えているものと解すべきである。

原判決は本件審決に掲げられた公知考案等以外の公知考案等を新たに採用して本件審決の結論の適法違法の判断をしているものではないが、後に詳述するごとく本件審決が採用していた特定の具体的な拒絶理由の不当性を暗に認めつつ、他方、審決が採用した第一、第二引用例及び摩擦溶接という三つの公知考案等から導かれる審決に記載された具体的な拒絶理由とは実質的に相違する別個の理由によって、本件審決の結論を適法と判断したものである。このような原判決の判断は、本件審決において判断されなかった特定の具体的な拒絶理由について審理し判断したのと同じことであり、前記大法廷判決に抵触するものである。

前記大法廷判決が「特定の具体的な拒絶理由」と述べている趣旨は、単に同一の公知考案等に基づいておれば、その具体的理由は問題とすることなく裁判所が特許庁の審決の結論を是認しうるか否かを判断することができるという意味ではなく、特許庁が示した公知考案等から導かれる審決に記載されている具体的な理由を意味するものと解すべきであるから、原判決のように本件審決と同一の公知考案等に基づいてはいるものの、それとは別個の理由により本件審決の適法性について判断することは許されないと言うべきである。

二 本件審決の理由及び上告人の主張

1 本件審決(甲第一号証)は、「金属パイプ部片の自由端が中空パイプ状であると解した場合には、・・・(中略)・・・ボールジョイントに自由端が中空パイプ状のソケット(金属パイプ部片)を予め組付けることは、当審における拒絶の理由において引用した実開昭五〇-一一二八七〇公報(以下「第二引用例」という。)に記載されているので、第一引用例に記載されたものに第二引用例に記載されたことを適用し、金属パイプ部片と中空金属パイプとを前記周知の摩擦溶接によって接合することにより、前記相違点で示した本願の考案となすことは、当業者にとって容易であり、そのことが不可能ないしは困難であると解すべき理由は存しない。」と理由づけているのである(甲第一号証五頁下から三行目から六頁下から二行目まで)。

この理由の意味するところは、本願考案の特徴の一つであるドラッグリンクの軽量化の一環として、ボールジョイントに自由端が中空パイプ状の金属パイプ部片を予め組み付けることによって実現するという構成の進歩性を、本件審決は第一引用例、第二引用例及び摩擦溶接という三つの公知考察等から推考容易であると判断しこれを否定したということである。

2 これに対し、上告人は第二引用例には本願考案の右のようなボールジョイントに予め組付けられた金属パイプ部片を中空パイプ状にするという軽量化の技術思想は認められないから、ボールジョイントに予め組付けられた各金属パイプ部片の少なくとも一部を中空にするという発想には第二引用例にはみられない進歩性があり、それを否定した本件審決は明らかに誤っている旨主張した。

三 原判決の理由

しかしながら、原判決は次のような理由を述べて上告人の右主張を排斥し、本件審決の結論を維持したものである。すなわち、

「そこで、右<1>の点(上告人注・<1>の点とは「一対のボールジョイントに予め組付けられた各金属パイプ部片の少くとも一部を中空にした点」である。)の容易推考性について判断する。

(1) 本出願前に頒布されたものと認められる成立に争いのない乙第一三号証には、ステアリング機構(かじ取用リンク機構のことであると解される。)の形式の選択に関し「ラック・ピニオン型はリンク類が少ないので重量・・・が有利である。」(一二-二五頁右欄二四行ないし二五行)、「ラック・ピニオン型は従来は小型スポーツカーに多くみられたが、重量・・・の有利さからしだいにふえて」(同欄四一行ないし四三行)との記載が認められ、または、ステアリング設計の狙いとして「重量及びコストの節減は初期段階で検討し目標を定めておく。」(同欄五一行ないし五二行)との記載が認められる。右各記載に照らせば、車両のかじ取用リンク機構の設計においては全体の軽量化が当業者に自明の技術課題であることが認められ、そうである以上、その構成部材であるドラッグリンクについても軽量化の課題があることは自明の事柄にすぎないというべきである。

(2) また、前示当業者間に争いのない第一引用例の記載内容(特許請求の範囲)に徴すれば、その「鋼管かじ取引棒」は「鋼管」とされていることからも明らかなとおり、同引用例記載の発明は、中空パイプ状の部材を使用することにより、強度をさして犠牲にすることなく、かじ取引棒の軽量化を図ったものであることは明らかである。

(3) そうすると、第一引用例に記載された中実の軸頸についても、更に軽量化を図るために、本願におけるようにその一部を中空状とする程度のことは、当業者において、軽量化を図るべき課題に基づき格別の困難性を伴わずに推考することができるものと認めることができる。

(4) この点に関し、原告は、審決の引用する第二引用例につき、そのソケットには軽量化の思想が全く存在しない旨主張するところ、前示当事者間に争いのない第二引用例の記載内容と成立に争いのない甲第六号証(第二引用例)によれば、同引用例にはボールジョイントに組付けられた頸部が中空状のソケットが記載されており、右ソケットについて「上記ボールジョイント4は、上記ロッド5の端部にねじ止めされたソケット10(二頁一七行ないし一八行)との記載があることが認められ、右記載に添付第2図(別紙三の第2図)を参酌すれば、右ソケット頸部の中空部分はロッドの端部をねじ込むためのスペースであることが認められる。したがって、第二引用例に直接軽量化の技術思想が窺われないことは原告指摘のとおりであるが、本願考案における場合と目的を異にするとはいえ、ボールジョイントに組付けられた頸部を中空状にするという点では本願考案と共通する点があり、その限りで、前記のような着想を更に容易にするものということができる。したがって、同引用例を本願考案の進歩性否定の資料とした審決を誤りということはできない。」

というのが原判決の判断である(第三六丁表四行目から第三八丁表九行目まで)。

四 原判決の理由と本件審決の理由の齟齬

1 まず、本願考案の構成上の特徴を実現するために、本願考案はボールジョイントに中空の金属パイプ部片を予め組み付け、その中空の金属パイプ部片と鋼管を摩擦溶接することによって、ボールジョイント以外のすべての部分を中空パイプ状にして、軽量化を実現するのが本願考案なのである。

これに対し、本件審決が本願考案の中空金属パイプ部片を第二引用例に記載された中空パイプ状のソケット(甲第六号証中第二図、第三図及び第五図中番号一〇で指示された部品)と同視していることは本件審決の理由から明らかであり(甲第一号証六頁目上から九行日参照)、従って、本件審決の理由の趣旨は全体として「本件考案にみられる自由端が中空パイプ状の中空金属パイプ部片を利用する軽量化の技術思想は、第二引用例にみられる中空パイプ状のソケットを利用する公知考案によって開示ないし示唆されているのであって、これに鋼管(中空金属パイプ)を組み合わせ、摩擦溶接で接続することは第一引用例に開示されていることと周知技術からきわめて容易に考案することができる」と解することができる。

2 本件審決が右のように中空金属パイプ部片の自由端を中空パイプ状にした場合、中空金属パイプ部片をボールジョイントに予め組みつけることは、第二引用例に開示されているとするのに対し、原判決は、第二引用例には軽量化の技術思想は窺われないと明確に判示しつつ、一方、軸頸の一部を中空状にすることは「第一引用例の記載内容(特許請求の範囲)に徴すれば、・・・(中略)・・・当業者において軽量化を図るべき課題に基づき格別の困難性を伴わずに推考することができるものと認め」ているのである

(第三六丁裏一〇行目から第三七丁表末行まで)。そして、第二引用例の役割については、「その限りで、前記のような着想(ここで「前記のような」という指示語が直前の「頸部を中空状にする点」を指しているのか、それ以前の「軽量化の技術思想」を指しているのかは明確ではない。)を更に容易にするものと」理解しているのである(第三丁表六、七行目)。

このような原判決の理論は、軽量化実現のために本願考案のような中空金属パイプ部片を設けるという技術思想はもっぱら第一引用例の記載内容から容易に推考できるということであり、第二引用例の「中空状のソケット」は軽量化の技術思想を窺わせるものではないということである。

すなわち、本件審決が軽量化実現のための構成要素という観点から中空金属パイプ部片と同視していた第二引用例の中空状のソケットは、原判決においては軽量化の技術思想を窺わせるものではないと理解されているのであり、原判決は軽量化実現という技術思想からみた場合の中空金属パイプ部片と中空状のソケットとの関連性を完全に否定している(本件審決の認定を原判決は暗黙のうちに否定していると言うことができる。)。かわって本件審決においては第一引用例の記載内容が中実の軸頸を中空状とする程度の軽量化の課題を容易に推考させるものとして位置づけられ、本件審決における第二引用例にとってかわっているのである。

五 結論

一部(特にその自由端部分)が中空の金属パイプ部片を軽量化実現のために設けるという本願考案の構成要素の一つは第二引用例の中空状のソケットと同視することができ、そこから本願考案を容易に推考しうるという本件審決の理論構成(具体的拒絶理由)が正しいか否かが原審裁判所の審理の対象であり、その余の理由を取り上げて本件審決の結論を維持することは当初の大法廷判決の趣旨に抵触して許されないものであるが、原判決は既に述べたところから明らかなように、

<1> 中実の軸頸の一部を中空状とし、軽量化を図ることは第一引用例の記載内容から当業者が容易に推考できるものと判示し、

<2> 第二引用例の中空状のソケットから軽量化の技術思想は窺われないが、

<3> 第二引用例には軽量化という目的とは異にするけれども、頸部を中空状にすること(又は軽量化の技術思想)を第一引用例の補足として更に容易にするという程度のことが開示ないし示唆されているという理由付けを行なっているのである。

これは、軽量化の技術思想が窺われない第二引用例を、軽量化の技術思想が容易に推考できる第一引用例と置き換えて判断し結論を導いているものであり、原判決は本願発明の進歩性につき、本件審決の理由とは全く異なる独自の理由によりこれを判断しているのである。

そして、本件審決が、中空金属パイプ部片に認められる軽量化の技術思想は第二引用例の中空状ソケットと同視しそこから容易に推考できると判断したものを、原判決においては軽量化の技術思想も中空状にすることも専ら第一引用例の記載から容易に推考しうることであるとし、本件審決が第二引用例に与えた公知考案としての役割を全て否定しているのである。言い換えれば、原判決の理論によれば本願考案は第一引用例と摩擦溶接によってのみ導き出しうるのであって第二引用例は推考容易性の判断について必要不可欠な公知考案等とは解されていないのである。

ゆえに、原判決は、本件審決の理由の当否について判断することなく(第二引用例が軽量化の思想を窺わせないこと及び第一引用例から軽量化の思想は導かれるとの判断からすれば、原判決は暗黙のうちに本件審決の理論構成の不備を認められていると解される)、本件審決とは別個の理由で本件審決の結論のみ維持したものであり、前述のようにこれは最高裁判決に反するものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例